1997年 吉野杯

表彰式を終わって記念撮影


 今年も10月26日(日)に大学テニスコートにおいて1997年吉野杯が開催されました。天気予報は雨でしたが,当日は風が強いながらも青空が広がり好ゲームが繰り広げられました。男女ともシード選手が早いラウンド消えていく中,勝ち残ったのはどちらも昨年の優勝者であり第一シードの帯山正志(4年)高津寛子(4年)の両4年生でした。

 帯山は,相変わらず首を傾げながらも順調に勝ちあがり,準決勝ではシード上位の柳(3年),酒向(2年)らをうち破り昨年同様ベスト4に食い込んだ石田(2年)を気迫十分のプレーで一蹴した。決勝の相手は八重樫(4年)で,ネットをとりたい八重樫とストロークで主導権を握りたい帯山の戦いとなった。帯山のバックにボールを集め,果敢にサーブからネットに詰める八重樫だったが,帯山のバックのパスがさえ振り切られてしまった。

 女子の高津は,2試合目で現キャプテンの田中(3年)に当たるという厳しいドローであったがその田中を接戦の末6−4で振り切った。田中は前々日まで教育実習のため十分に練習が出来ていなかったのが苦しかった。反対から決勝に勝ちあがったのは心境著しい冨田(2年)を止めた八尾(3年)とのレギュラー対決を制した岡(3年)だった。ストロークの攻撃力を増した岡は,以前からの安定感あるストロークで順当に勝ちあがった。決勝ではペースが速くネットをとってくる高津に対しそのストロークがどこまで通用するか注目された。ファーストゲームは調子のでない高津に対して,積極的に攻めた岡がうち勝ったものの,その後は徐々にペースをつかんだ高津が速いテンポで岡を振り回し,6ゲームを連取した。

 男女とも二連覇は初めてであった。練習量の少ない4回生にタイトルを奪われたことを,現役諸君は厳しく受け止めよりいっそう練習に励んでほしいと思います。その中でも男子の石田,女子の野津,冨田など1,2回生にも良いプレーをした選手がいたことは明るい話題である。4年生の勝利は,現役に負けないくらいの自主連の量と,練習への参加にあるのではないだろうか。春に引退したらテニスは終わりではなく,プレッシャーのなくなった中で楽しんでプレーすることは良い結果をもたらすものである。卒業後もこのようにテニスを続けてほしいものである。春まで,4年生を含めた現メンバーで切磋琢磨しあって吉野さんの戦績を越えるようがんばってほしいものである。


優勝者の帯山正志(右)高津寛子の両選手   

男子シングルス

 優 勝  帯山 正志   

 準優勝   八重樫 玲 

 ベスト4  山田 征事

       石田 康晴

女子シングルス

 優 勝  高津 寛子   

 準優勝   岡 和歌子 

 ベスト4  八尾 紀子 

       植原 麻衣


吉野杯について

 1990年の夏,当時4年生だったテニス部の吉野美穂さんが自動車事故で急逝されました。吉野さんは前年度女子部のキャプテンを務め,中四国では常に上位の戦績を収めるなど近年で最も優れた戦績を残していました。特にその年の春期中国四国学生テニストーナメント大会ではベスト4に入り,インカレ出場の資格を獲得していました。

 吉野さんの葬儀には当時の現役部員全員で出席しましたが,そのときの香典返しとして吉野さんの御両親からテニス部に多額の寄付をいただきました。松尾先生(当時テニス部長,元法文学部教授)と相談の結果,吉野さんの実績をたたえる意味で形になるものを残そうということになり,二つの優勝カップを吉野杯として購入しました。

 このカップをめぐり毎年テニス部内でトーナメントを開催することによって,優れた実績を残した先輩である吉野さんの冥福を祈るとともに,部員同士互いに切磋琢磨しあい吉野さんの果たせなかったインカレ出場,さらにはより高い目標を目指していくこととしました。  

 テニス部では毎年吉野杯を前にその年の幹部を中心として吉野さんのお参りをさせていただいていますが,吉野さんのご両親からは毎年多大な御援助をいただいています。この場を借りて御礼を述べさせていただきたいと思います。

 吉野さんを直接知る現役部員がいなくなってかなりの年月が過ぎましたが,優れた実績を残した吉野美穂さんの名前を知らない部員はいません。優れた先輩を輩出した島大テニス部の一員であることの誇りを胸に,全員が毎日練習に励んでいます。


歴代優勝者

(記録整理中,ちょっと待ってね)


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